実印と電子署名の法的意味
1.はじめに:実印の重要性
(1)実印とは?
「実印」とは,要するに「印鑑登録」(登録機関への「印影」の登録)をした印章のことです。個人では各自治体の条例に基づき印鑑登録をすることができますし,株式会社等では法律上,設立登記時に代表者の印鑑の提出が必要となります。
(2)実印はなぜ重要か?
① たとえば,貸金の返還をめぐって裁判になったとき,貸主は,金銭貸借の事実を立証(証拠に基づいて証明)しなければなりません。金銭貸借であれば,金銭消費貸借契約書,あるいは借用書などです。弁護士が「契約の時は契約書を作りましょう。」と強く勧めるのは,これが理由です。
② しかし,借用書があったとして,借主自身が真実,借用書を作成したのか,現場に居合わせていない裁判官には分かりません。
③ そこで,法律(民事訴訟法第228条4項)は,借用書などの「私文書」に作成者本人の署名又は押印があるときは,その本人が作成したもの(書面の真正)と「推定する」と定めました。
④ また,最高裁判例には,印影が本人の印章によるものであるときは,事実上,その本人が押印したものと「推定する」と判示したものがあります。この二つの「推定」を「二段の推定」と言います。
⑤ では,押印に使用した印章が本人の所有であることは,どのように証明するのか…?
お気づきだと思いますが,正にこれが,「印鑑登録」の意味です。
先ほどの金銭貸借の例で言えば,借用書の印影が印鑑登録証明書と同一の印影であれば,当然,「実印」,つまり借主の印章により押印されたものということになるので,借主が借用書の真正を争うことは非常に難しくなります。
だからこそ,実印(代表者印)を安易に使用したり,一時的でも第三者に渡したりすることのないよう,大切に保管して頂きたいのです。
2.電子署名の法的意味
法律(いわゆる電子署名法。第3条)は,電磁的記録(電子文書等)は,本人による一定の電子署名(本人しかできない一定の方式によるものに限る)が行われているときは,真正に成立したものと推定する,と定めています。
つまり,電子署名は,電子文書等において,紙面における実印と同じ効力を持つ(押印のデジタル化),ということです。
わざわざ「実印」を用いる必要がないということで,リモートで業務を行うことの必要性・重要性が高まっている昨今では非常に便利そうですが,「本人による」という要件があるため,必ずしも普及しているとは言えない現状があるようです。
そこで,現在,「本人しかできない一定の方式」による電子署名であれば,「本人による」ものではない署名(リモート署名)にも「書面の真正」の推定を働かせるよう法律を改正する動きがあるようで,今後の立法作業が注目されます。
(弁護士 小山 明輝)